2025年度の年金改革の具体案として、基礎年金の納付期間の5年延長ということが取り上げられていました。現行制度では基礎年金の納付は20歳から60歳までの40年間ですが、これを65歳まで5年間延長するという案です。納付期間が延びることで納付保険料の総額も増える一方、基礎年金の年額も増額になるため結局は得になるといいますが、このことは現在の定年がいくつであるかを問わず65歳まで働く必要があることを意味しています。そうした変化に対応するため企業では、いわゆる役職定年を廃止するところも出てきているようです。
この案は検討の結果次回の財政検証での再検討となりましたが、この案のとおり納付期間の延長が現実になると、大学を出て65歳までの43年を働くことになり、さらにこの先年金の支給開始が70歳にでもなろうものなら48年間、約半世紀を働き続けることになる可能性も見えてきます。人生100年時代といってもその半分が働く時間なんて想像したくありません。さらに言えば健康寿命なら72歳(女性は75歳)、平均寿命でも81歳(女性は87歳)なのに一体いつ自分の人生を楽しむのかと考えてしまいます。
2023年7月にフランスで年金の支給開始を62歳から64歳に下げようとしたところ各地でデモが起こりました。そのデモの参加者のプラカードには「私たちは働くために生きているんじゃない」と書かれたものも見られました。国民性の違いがあるとはいえ、今回の納付期間延長には日本でももっと真剣に怒りをぶつけてもいいのではないかと思います。半世紀も働くのではまさにこの世に働きに来たとしか思えないからです。
有名な『DIE WITH ZERO』という本の中で、オーストラリアで終末期医療に携わる方が余命数週間の患者達に人生で後悔していることは何かを聞いたところ、男性の1位(男女合わせても2位)は「働きすぎなければよかった」でした。半世紀に渡って働くようになれば日本人は間違いなく人生での労働時間比率で世界一を記録するでしょうし、加えて間違いなく人生を後悔することになるでしょう。
働くことはいいことでしょうが、この世に働きに来たのかと問われれば、YESと答える人はそう多くはないはずです。まして毎日の仕事がつらい、苦しい、ストレスだらけな状況だとしたら、耐え凌ぐだけの人生になってしまいます。それではせっかくいただいた命に申し訳ない思いがします。
仕事を続けるも辞めるも本人の自由なのですから、だれがいつ辞めても生活に支障がないように国としてセーフティーネットを用意すべきなのに、十分な用意が出来ないからなるべく長く働けというのでは本末転倒というものです。