令和の世になってからというもの、年金だけでの生活はなかなか難しく、好むと好まざるとにかかわらず再就職先を探す年金受給者が増えていると聞きます。こうした再就職に際して以前の勤務先での実績や肩書を基準に考えているために、なかなか思うような再就職先にたどり着けないケースがあるようです。ですがそれらの実績や肩書はあくまで以前の勤務先のものでしかなく、これから入っていこうとしている会社にとっては何ら説得力を持たないことは明らかです。過去の自分がどうであろうと、今はただの無職の高齢者に過ぎないというのが偽りのない評価でしょう。
首尾よく再就職を果たしたとしても、過去の自分の実績に自惚れているせいでつい上から目線で指導、あるいは指示するかのような言動や行動になってしまい、結果として周りとの溝ができてしまうというケースを時々耳にします。また従前の職場での再雇用となっても、かつての部下が上司だったり、重要な会議には参加できない雑用係という扱いに嫌気がさしてしまうという話もあるようです。いずれのケースも『俺はこんなものじゃない』というプライドが引き起こしているのではないかと推測されます。
しかしながら新たな勤務先の業務内容はもちろん、意思決定の方法、経営における理念、社内の人間関係など何もわからないうちから、以前の経験のみに基づいて物事を進めようとしても、周りとの溝ができるのは当然の帰結と言えるでしょう。また再雇用のようなケースでは、自分の方がより業務に精通しているという考えがあり、そのため頼まれもしないのに勝手にアドバイスをしたり、ひどいときには自分の昔語りをして誰も興味のない武勇伝を延々と続けたりと、業務遂行の邪魔になるだけということも珍しくありません。
再就職であれ、再雇用であれ、まずは今までの延長線上にあるものではないことを自覚する必要があります。端的に言えば右も左もわからない新入社員レベルなのだと自覚することから始めていった方が、仕事を進めていきやすいと思われます。その上で相手からアドバイスを求められたときには状況や立場などを踏まえた自身の意見を伝える、こうして少しずつ溶け込む努力を続けていくのが好ましい姿でしょう。
長年働いてきた結果として築き上げられたプライドが大切なことはわかりますが、いくらプライドを持っていても、わからないことがわかるようになることも、できないことができるようになることもないのですから、その状態で仕事ができるはずもなく、したがってそれではメシは食えないのです。
ただの自己満足にすぎないつまらないプライドをさっさと捨てて、知らない、できない、わからない自分を晒してこそ、次の道が開けるというものです。