現代に生きている殆どすべての人が、いつも他人からどう見られているのかを気にして生きているような気がします。行動でも言動でも常に相手がどうとらえるかに関心があり、どうしたら好かれそうかあるいは嫌われてしまうか、どうしたら評価が上がるかまたは下がるかといったことが気になって仕方がないという風に見受けられます。
そんな風に自分がどう見られているかを気にしていると、相手の反応である行動や言動から何とかその真意を探ろうとして、却って相手の機嫌を損ねることも珍しくありません。そこまでいかなくても相手が全くの無意識に示したようなちょっとした態度ですら、自分にとって思わしくなければ気になってしまい、相手がどう考えているのか、その心中を何とか探ろうといろいろと思案を巡らすことがあるものです。
ですがどんなに考えても相手の心の中はわかりません。それどころか自分自身の心の中だって全然わからないのです。また直接「どう思っているか?」尋ねても本当のことを言うとも限りません。所詮、相手はその人独自の様々な判断基準に基づいて行動しているのですから、こちらの思っている通りにならない場合の方が多くて当たり前なのです。その上時間が経てば考え方も変わっていくでしょうから、常に同じ判断をするとも限らないのです。
他人はその人自身の考えに従って様々な判断をして行動しているのですから、そこに自分の考えを持ち込んで「こうあるはずだ」とか「こうあるべきだ」と言ってみても始まりません。
私は他人の考えという、自分がコントロールできないものに対して働きかけるような真似はしない方がいいと思います。他人の考えはわからないものという前提に立って、たとえ期待どおりでなかったとしても先ずは他人の意見や意思を尊重する、その先に互いの理性的な対話が生まれるものではないでしょうか。