世は令和という新時代に入って、昭和生まれの私としてはまさに隔世の感があります。かつては夢の技術だったことが生活の中に当たり前に存在し、便利という感覚すらないほどに進歩した世になりました。そうでありながら多くの人が何かしら満たされない思いや精神的な苦痛(ストレス)を感じながら日々を過ごしています。
おそらくは今あるもので満たされているはずなのに「もっと、もっと」とさらに次を求め続けていることによるものでしょう。その結果より便利に、より快適に、より楽しくと要求の度合いは増すばかりでとどまるところを知りません。
私にはその様子が、満たされない思いを何とか満たそうと努力しながら、一方でどこまで行っても満たされることがないという不思議なパラドックスを続けているように見えてしまいます。
それはつまり「己に足る」を知らないからに他なりません。いや、もしかしたらわかっているけれども、周りを見回して「こんな程度で満足したら恥ずかしい」と思って、望んでもいないのにさらに上を目指そうとしているだけなのかもしれません。
満足は文字通り「足るが満ちている」ということです。しかしその足るがどこまでのことを指すかわからないのであれば、永久に満たされることはなく、「足る」がならない「不足」や満たされない「不満」になってしまいます。
技術の進歩による生活の改善は実に好ましいことですが、本当に自分が求めている姿なのかは自分にしかわからないことです。自分にとっての「足る」はどういうものなのか、しっかりと理解したうえで生きていかないと、一生不満なままの人生を送ることになります。
私は今を生きている命、何とか意思どおりに動かせる体、それに衣食住が足りればそれで十分満足だと考えて生きています。もちろんどう生きていくかは個々人の自由ですが、満たされない思いを抱え続けたままで人生を送るのはいかがなものかと思わずにいられません。己に足るとはどういうことなのか、その点をもう一度考えてみてはいかがでしょうか。